スポーツが身近なドイツ 地域のスポーツクラブからオリンピックまで

2019年5月号 在独ライター・翻訳者 岩本 順子

ハンブルクで暮らし始めてから、スポーツが身近な存在となった。「ハンブルク・マラソン」、 世界最大の「ITUワールド・トライアスロン」、自転車ロードレース「サイクラシックス」など、市民に親しまれているスポーツイベントが多く、街に出れば、必ずと言っていいほどジョギングをしている人に出会う。走っている友人も多い。2017年の統計によると、ドイツ人が好むスポーツは、上位からジョギング、ウォーキング、フィットネス・トレーニング、水泳、自転車、ボディ・ビルディングの順で、その次にサッカーが続く。上位を1人でできるスポーツが占めている。統計から現代ドイツ人のライフスタイルが見えてくる。

地域に根ざしたスポーツクラブ(Sportverein)が数多く存在することも、スポーツを身近に感じる理由の一つだ。クラブでは、あらゆる年齢層を対象に、豊富なプログラムを提供している。カヌーやアーチェリーなど、特定のスポーツだけを実践するクラブもある。クラブの他にも、民間のヨット・スクールやビーチバレー・スクール、ジム、ヨガやダンスなどの教室が、数え切れないほど存在する。フィットネス系スポーツの圧倒的な人気に対応して、スポーツクラブもジムを備え、関連プログラムを増やすようになっている。

筆者はドイツで暮らすようになってから、常にスポーツクラブに所属してきた。思えば引っ越しのたびに、通うのが苦にならない近所のクラブに入会している。現在は、自宅から徒歩3分のクラブと、バスで10分のクラブに所属し、前者ではヨガ、後者ではラテンダンスのクラスに通っている。月会費は前者が9,5ユーロ(約1,200円)、後者が12,5ユーロ(約1,600円)で、複数のクラブに所属しても負担は少ない。

 

200年の伝統、全国で9万団体

ドイツのスポーツクラブの伝統は長い。19世紀初頭のナポレオン戦争が契機となって、各地で射撃クラブ(Schützenverein)が設立された頃、政治家で教育者でもあったフリードリヒ=ルードヴィヒ・ヤーンが、青少年の愛国心を高め、肉体を鍛錬する場として体操クラブ(Turnverein)を興した。ヤーンは鉄棒を導入し、平行棒を考案したことでも知られ、「体操の父」と呼ばれている。射撃クラブの多く は、第二次大戦後はスポーツクラブとして存続している。体操も射撃もオリンピック競技であり、ドイツチームの得意種目だ。

「ドイツ人が3人集まればクラブを結成する」と冗談交じりで言う人がいるくらい、ドイツにはNPOに相当する協会が無数にあり、スポーツクラブも多い。ハンブルク市の人口は180万人で神戸市を少し上回る程度だが、ハンブルク・スポーツ連盟(HSB/Hamburger Sportbund e.V.)という上部組織に所属しているスポーツクラブだけで830ある。HSBを始めとする16連邦州のスポーツ連盟は、スポーツ団体を統括する全国組織、ドイツ・オリンピック・スポーツ連盟(DOSB)に属する。DOSBは、2006年にドイツ・スポーツ連盟(DSB)とドイツ国内オリンピック委員会(NOK)が一体化したもので、所属クラブは約9万、会員数は2,740万人だ。

ハンブルクを代表するスポーツクラブと言えば、1887年に設立されたHSV(Hamburger Sportverein)だ。当初は陸上競技とサッカーのクラブだったが、現在ではハンドボール、ビーチバレー、アイスホッケー、トライアスロンなど34種目に取り組み、うち17種目が子供たちに開かれており、会員数は7,000人に及ぶ。一部のスポーツはプロ部門とアマチュア部門に分かれ、プロサッカー部門は株式会社化されている。2016年のリオ・オリンピックで金メダルを獲得した、女子ビーチバレーのペア、ラウラ・ルードヴィヒ選手とキラ・ヴァルケンホルスト選手(注1)はHSV所属のプロだ。

(注1)現在、ルードヴィヒ選手は出産を経て復帰、新たにマルガレーテ・コズーフ選手(HSV)とペアを組み、活動を再開。ヴァルケンホルスト選手は引退した。

才能のプール、柔軟な組織

ドイツの学校ではスポーツの授業が定期的に行われているが、日本のような放課後や休日のクラブ活動はなく、子供たちは地元のスポーツクラブやスポーツスクールに加入するケースが多い。私が所属する会員750名程度のクラブでも、キッズ対象のサッカー、空手、ヒップホップダンス、カポエイラのほか、0-4歳児とその親を対象とする体操のクラスまである。

地元のスポーツクラブに所属していると、健康維持に良いだけでなく、学校や職場とは異なる、地域での人間関係が豊かになる。子供たちは学校だけでなく、地域のスポーツクラブの子供や大人たちに混じって成長する。指導する側も、子供たちを一般クラスと特別クラスに分けるなどして、才能ある子供の能力を伸ばし、試合に参加する機会などを提供する。ユースの地区大会、州大会と徐々にステップアップすれば、オリンピックが視野に入ってくるかもしれない。ドイツでは地域のスポーツクラブが、才能あるアスリート発掘のプールとして機能している。

教育機関においても、スポーツは積極的に奨励されている。 DOSBが認定したスポーツ・エリート校が全国に43校あり、スポーツ種目に重点を置いたカリキュラムで授業が行なわれ、スポーツ寄宿舎が整う。スポーツ教育に力を入れている初等学校やスポーツ・ギムナジウムも多数存在するほか、連邦警察スポーツ学校、連邦軍スポーツ学校という選択肢もある。ドイツ唯一のスポーツ専門大学として知られるケルン体育大学、その他の大学や専門大学、アカデミーなどでは、スポーツ及びスポーツ医学、スポーツ心理学、スポーツ栄養学など、多岐にわたるスポーツ科学を専攻できる。

オリンピック開催には慎重

ともに住民投票で過半数を得られず、ミュンヘンは2022年冬季オリンピックへの、ハンブルクは2024年夏季オリンピックへの立候補を断念した。ドイツでは、選手村襲撃事件が起こった1972年のミュンヘン大会以来、オリンピックが開催されていない。ドイツに限らず、世界の主要都市でのオリンピック開催は、年々困難になっているようだ。理由の一つは、オリンピックが先進国の諸都市にとって、環境破壊や財政難をもたらすという意見が高まっていることだろう。国際オリンピック委員会(IOC)の不透明なビジネスも批判の的になっている。

ミュンヘンの場合、会場に予定されたアルプス地域の自然破壊が特に問題視された。ハンブルクの場合は、2017年にようやく完成を見たコンサートホール、エルプフィルハーモニーの総工費が、当初の10倍に膨れ上がるというスキャンダルがあったばかりで、これに懲りた市民は巨額の出費にノーを突きつけた。軌道修正を迫られているIOCは、まず国際自然保護連合(IUCN)と手を組み、環境、持続可能性、生物多様性の維持を考慮したスポーツ施設の建設を目標の一つに据えたところだ。

トップ・アスリートを完璧にサポート

オリンピック誘致には慎重なドイツだが、参加には意欲的で、選手の育成や支援には力が入っている。中でも需要な役割を果たしているのが、全国18か所にあるオリンピックベース(OSP/Olympiastützpunkt)と呼ばれる機関だ。旧ドイツ・スポーツ連盟(DSB)のイニシアチブで、1980年代後半から徐々に各地に設立されたもので、連邦内務省、それぞれの拠点である市や州政府などの支援金を得て活動している。

ハンブルクに拠点を置くOSPは、ハンブルク・スポーツ連盟、シュレースヴィヒ・ホルシュタイン・スポーツ連盟、ハンブルク商工会議所、ドイツ・ボート連盟、ドイツ・水泳連盟などが共同で立ち上げたものだ。ス ポーツ医学、スポーツ心理学、トレーニング学、栄養学、理学療法士などのスペシャリスト約40人が勤務し、水泳、柔道、ビーチバレー、ボート競技、セーリング競技など約20種目以上において、トップ・アスリート約330人とコーチ約50人を支援している。このうち約65人のアスリートが、2020年の東京オリンピックの出場資格を獲得するだろうとのことだ。

OSPの支援内容は、日々のトレーニング法における専門的なサポートから食生活のアドバイスに至るまで多岐にわたる。ハンブルクの総合病院のスポーツ医学科、キール大学のスポーツ科学研究所とも協力関係にあり、個々の選手の能力向上に役立つ研究も行っている。

同OSP所長のイングリッド・ウンケルバッハさんは「トレーニング法、理学療法、スポーツ心理学、栄養学 、メディカルサポートなど、スポーツの分野における支援も大事ですが、スポーツ以外の分野、例えば学業とスポーツ、仕事とスポーツの両立といった問題を支援することも、私たちの重要な仕事なのです」と強調する。ドイツのトップ・アスリートたちは、進路や職業選択などの根本的な悩みにおいても、スペシャリストたちに支えられている。

東京オリンピックに向けてのドイツチームの動向は、このサイトで。
https://www.teamdeutschland.de/de/events/aktuell/detail/event/show/tokyo-2020-535.html


岩本 順子(いわもと じゅんこ)

© Junko Iwamoto

1960年神戸生まれ。南山大学文学部卒業後、神戸のタウン誌編集部で働く。1984年にドイツ・ハンブルク市へ移住。1990年代は漫画のドイツ語訳に従事するほか、講談社「モーニング」誌のドイツ支局を運営。1999~2000年にドイツのワイン醸造所で、2004年にブラジル・サンパウロ市のワイン専門誌編集部で働く。翻訳者、ライターとして活動するほか、ワインセミナー、ワインツアーを企画運営。著書に「おいしいワインが出来た!」(講談社)、「ドイツワイン 偉大なる造り手たちの肖像」(新宿書房)などがある。現在「ドイツ・ニュースダイジェスト」のサイトに「ドイツワインナビゲーター」と「ドイツ・ゼクト物語」を、美術出版社「ワイナート」のサイトに「ドイツ・ハンブルク発・世界のワイン情報」を執筆。2013年に国際ワインスペシャリスト資格WSETディプロマ取得。

ウェブサイト:www.junkoiwamoto.com