21世紀のドイツワイン

2019年9月号 在独ライター・翻訳者 岩本 順子

ドイツワインと聞くと、今でも、古典的で難解なエチケット(ワインラベル)、複雑な品質等級などを連想する人がいるかもしれない。確かにドイツは、2000年に及ぶワイン造りの伝統を誇る。しかし20世紀末から今日にかけて、ワインはずいぶんと変化した。幾つもの新しいムーブメントが起こり、伝統に縛られない、自由な発想でワインが造られるようになった。

 

ファルツが震源地 グループ結成ブーム

ドイツワインの生産地域で最大面積を誇るのが、ラインヘッセン地方(26,600ヘクタール)とファルツ地方(23,600ヘクタール)だ。ラインガウ地方やモーゼル地方同様、世界的に評価の高い上質なワインが造られてきたが、第二次世界大戦後は、安価なワインの生産地として発展し、かつての名声は忘れられたかのようだった。もちろん、両地域にも優れたワインの造り手たちはいた。彼らが注目されるようになるのは、ドイツのワインジャーナリズムが活発化する1980年代以降のことだ。

1991年、南ファルツ地方の5つの醸造所(フリードリヒ・ベッカー醸造所、ミュンツベルク醸造所、レープホルツ醸造所、ジーグリスト醸造所、ヴェアハイム醸造所)が「フュンフ・フロインデ(5人の友達)」というグループを結成した。5人の親しい醸造家たちは、それぞれに優れた造り手として、すでに高い評価を得ていたが、グループを結成し、お互いのワインの品質を磨きあっていくことで、より上質なワインを造り出すという夢を抱き、切磋琢磨した。彼らの活動は、著名なソムリエやジャーナリストらの目にとまり、ファルツ地方でも世界に誇れるワインが造られていることを広く知らしめた。1人ではなく5人で一丸となって活動したことでも、注目を浴びたのである。

グループで活動すると、1人の力では成し得ないことが実現する。成長の鍵となったのは、お互いに企業秘密をなくし、すべてをオープンにしたことだ。ワイン造りのプロたちが、お互いのワインについて忌憚のない意見交換をすることは、品質向上のための大きな助けとなる。栽培や醸造の過程で起こる問題の解決法や設備などの見直しについても、5人で知恵を絞ることができる。マーケティングにおいても然り。5人のワインをブレンドした共作ワインのリリース、5人のワインが楽しめる居酒屋風レストランの開業などは、彼らのマーケティング活動のほんの一例だ。グループでの活動は、うまくいけば消費者に幅広い選択肢を提供でき、広がりが生まれることを彼らは証明した。

「フュンフ・フロインデ」の活動が知られるようになった頃から、各生産地域で向上心の高い醸造家たちのグループが次々と誕生するようになり、その動きは現在も続いている。中でも若手の醸造家がグループを結成するケースが多い。息の長い活動を続けるグループもあれば、解散したり再編されたりするグループもある。音楽界で、次々に新しいバンドが登場し、長期的に活躍したり、解散してそれぞれがソロ活動に移行したりするような、ダイナミックな動きが、ワイン生産者の間でも起こっているのである。

 現在活動しているグループには、上述の「フュンフ・フロインデ」のほか、「ズードファルツ・コネクション」「ゲネラツィオン・ファルツ」(ファルツ地方)、「マキシーメ・ヘアクンフト」(ラインヘッセン地方)、「モーゼルユンガー」(モーゼル地方)、「ナーエヴァイン・レベレン」(ナーエ地方)、「ユンゲス・シュヴァーベン」(ヴュルテンベルク地方)「ゲネラツィオン・ピノ」(バーデン地方)、「ゲミッシュテ・ブーデ」(ザクセン地方)などがあり、それぞれに個性ある活動を行っている。

 

ドイツ全土のU35醸造家が結集「Generation Riesling」

グループ結成のムーブメントを受けて、ドイツワインのマーケティング会社であるドイツ・ワインインスティトゥートは、2006年に「ゲネラツィオン・リースリング」という、若手醸造家のワインのプロモーション・プロジェクトを立ち上げた。

「ゲネラツィオン・リースリング」は、ドイツの全ワイン生産地域の、35歳以下の醸造家が自由に参加できるグループだ。ドイツを代表する白ワイン用のぶどう品種「リースリング」がグループ名に使われているが、リースリングの造り手だけに限定されてはいない。

ドイツの次世代のワインの造り手たちの多くは、国内外での豊富な実践経験を持ち、大学で醸造学やワインマーケティング学を修めた者も多く、グローバルな視点とトレンドを読む力を持つ。彼らは栽培・醸造法に工夫を加え、商品構成を改め、新たな流通経路を開拓するなど、旧世代が作り上げた土台に新風をもたらす存在だ。

現在、530人余の造り手が「ゲネラツィオン・リースリング」に参加し、ドイツ国内や世界各地で多彩なプロモーション・イベントを開催するほか、ワイン関連見本市に共同ブースを設置している。ドイツの主要都市での定例イベントには、毎回交代で約30人の造り手が出張する。個々に結成されたグループとは異なる緩やかな繋がりで、ドイツ・ワインインスティトゥートのバックアップがあるため、醸造家にとって参加しやすいのも魅力だ。

「ゲネラツィオン・リースリング」は、年齢制限があるため、毎年メンバーが部分的に入れ替わる。プレゼンテーションに参加する醸造所は毎回流動的だが、若手世代がいる全ての醸造所に公平に参加のチャンスがある。参加醸造所のワインの多くは、それまで地元で消費されていたケースが多く、大都市においてはほぼ無名だ。有名処と異なり、コストパフォーマンスが良いため、都市部のワイン業者は、彼らのプレゼンテーションを毎回心待ちにしている。

ドイツ・ワインインスティトゥート広報部のエルンスト・ビュシャー氏は「若手醸造家が結集した団体は他国にもあるが、500名以上が参加している全国的な組織活動は世界に類がない」と語る。13年目を迎えた「ゲネラツィオン・リースリング」はますます注目されるようになっている。

 

世代交代でワインは変わる

ドイツに多い家族経営の醸造所では、およそ四半世紀に一度、世代交代が起こる。世代交代が起こるたびに、醸造所は変革されていく。親世代と異なる考えを持つ次世代が、新しいことに挑戦するからだ。その変革は、時には広い範囲で起き、新しい潮流となることもある。

例えば、80年代半ば以降、若い世代の作り手はフレンチオークの小樽「バリック」を徐々に導入し始めた。以前は考えられなかったことだが、今やバリックは、多くのドイツの醸造所で当たり前のように使われるようになっている。バリックの使用にふさわしい品種、バリックがフィットするタイプのワインが増えているという背景もある。

最近では、古代の手法に倣って、アンフォラという陶器の壺を使い白ワインを赤ワインの醸造法で造る「オレンジワイン」や、16世紀に製法が知られていたという、発酵途中のベースワインをゼクト(スパークリングワイン)用のボトルに入れ、瓶内で発酵を継続させて造る「ペット・ナット」(フランスのスパークリングワイン「ペティヤン・ナチュレル(Pétillant Naturel)」の略語)に挑戦する若手醸造家が増えている。いずれも醸造法のルーツに立ち返り、ワインやゼクトがかつてどのように造られていたかを確認するかのような動きだ。先代が想像もしなかった「オレンジワイン」や「ペット・ナット」に挑戦している醸造所は少数派ではあるが、現在、大きな注目を浴びている。

もちろん、先代から綿々と受け継がれている伝統もある。例えば、1970年代頃から始まったビオ農法(有機栽培)やビオディナミ農法(有機農法に加え、宇宙・天体の作用を農作物の生育に生かすシュタイナー農法)は、後世に汚染されていない畑を残したいとの思いが形になったもので、何世代にもわたって継続することでしか実現できない。ビオ農法、ビオディナミ農法に関しては、次世代は、先代よりもより厳しい基準に挑戦する傾向にある。

© Junko Iwamoto

ワインのエチケットも世代交代する場合がある。ドイツワインのエチケットは、近年、よりシンプルで分かりやすくなっており、伝統的なエチケットも、現代風にモデルチェンジされている場合がある。バウハウスを生んだグラフィック・デザイン大国ドイツらしい、洗練されたデザインが増えている。

 日本人醸造家もドイツで活躍中

今日、ドイツの醸造家の多くは、国内だけでなく、世界各地の現場で学んだことを生かし、国際的な視野に立ってワイン造りを行っている。異国で活躍している醸造家もいれば、国内外で並行してワイン造りに取り組む醸造所もある。例えば、バーデン地方のヨーナー醸造所はドイツとニュージーランドの2カ国で、アール地方のマイヤー・ネーケル醸造所はドイツと南アフリカの2カ国でワインを生産している。北半球と南半球では季節が逆であるため、造り手は双方の栽培と収穫に立ち合うことができるのだ。

外国人も、ドイツの醸造所で重要なポジションを得るようになっている。例えば、ゼクトとワインの名門、ファルツ地方のフォン・ブール醸造所では、2013年から、シャンパン・メゾンで活躍していたフランス人醸造家、マシュー・カウフマンさんを、ドイツのゼクトの頂点に立つラインヘッセン地方のゼクトハウス・ラウムラントでは、2012年から日本人のベテラン醸造家、貝瀬和行さんを、それぞれケラーマイスター(醸造責任者)として起用している。

© Kazuyuki Kaise

貝瀬さんは東京農業大学短期大学部醸造学科の出身。勝沼のワイナリーに約3年勤務した後に渡独した。ラインガウ地方のシュロス・ラインハルツハウゼン醸造所に勤務していた2005年にケラーマイスターの国家資格を取得し、その後、ワイン醸造で有名なガイゼンハイム大学(ラインガウ地方)の飲料工学科を卒業した。同醸造所で10年間勤めた後、ゼクト造りに転向。オーナー醸造家のフォルカー・ラウムラント氏の片腕として活躍中だ。

ケラーマイスターとして活躍する日本人醸造家は他にもいる。ドイツ留学中にワインと出会い、ワイン造りの面白さに開眼したという坂田千枝さんは、ラインガウ地方とナーエ地方、さらにはオーストリアのシュタイアーマルク地方、南アフリカ、ニュージーランドの醸造所で研鑽を積み、ドイツのヴァインスベルクの栽培・醸造専門学校を卒業した。2013年からは、近年評価が高まっている、ファルツ地方のベルンハルト・コッホ醸造所でワイン造りに取り組んでいる。

ナーエ地方のプリンツ・ザルム醸造所に勤務する永澤真人さんは、2013年に渡独。白ワイン用のぶどう品種ジルヴァーナーで定評のあるラインヘッセン地方のミヒャエル・テシュケ醸造所など、複数の醸造所で研修し、ガイゼンハイム大学のぶどう栽培・ワイン醸造学科を終了した。2018年から勤めるプリンツ・ザルム醸造所ではエノログ(栽培と醸造の双方を担当する技術管理者)としてのキャリアをスタートしたばかり。フリーランスのコンサルタントとして、日独間のワイン・ビジネスのサポートも行っている。

© Junko Iwamoto

ファルツ地方には、徳岡史子さんが率いるヨーゼフ・ビファー醸造所がある。徳岡さんは、ガイゼンハイム大学を終了後、同大学の研究機関で、長年酵母の研究に取り組むかたわら、当時、父親の徳岡豊裕さんが経営していたフォン・ブール醸造所で醸造にも取り組んでいた。2013年からは、ヨーゼフ・ビファー醸造所のオーナー兼醸造家として、優れたワインとゼクトを生み出すほか、醸造所内に和食レストラン「fumi」をオープンし、ドイツワインと和食のマリアージュの楽しみを提案している。

このほか、ラインヘッセン地方のライン川に面するラインフロント地域には、自らのワインブランド「Hide‘s Wine 639」を立ち上げた浅野秀樹さんがいる。浅野さんは、2001年に渡独、2002年にシュトゥループ醸造所と出会い、オーナーのヴァルター・シュトゥループ氏に弟子入りした。2005年に栽培・醸造学校を卒業。以来、シュトゥループ醸造所が所有する「ローター・ハング」と呼ばれる赤土粘板岩土壌の畑から、和食に合うスタイルのリースリングを造り続けている。

軽快で清々しい味わいが特徴のドイツワインは、近年ライト志向となっている食生活にフィットするほか、世界中のあらゆる料理と相性が良いため、目下再評価され始めているところだ。21世紀に暮らす私たちは、ドイツ人が生み出すワインだけではなく、ドイツ人と日本人が手を取り合って造り出すワインや、ドイツの風土の中で日本人醸造家の感性が生み出すワインを味わう機会にも恵まれているのである。

【リンクのご案内】

フュンフ・フロインデ http://www.fuenf-winzer.de
ゲネラツィオン・リースリング https://www.generationriesling.de
ゼクトハウス・ラウムラント(貝瀬和行さん) https://www.raumland.de
ベルンハルト・コッホ醸造所(坂田千枝さん)https://shop.weingut-koch.com
プリンツ・ザルム醸造所(永澤真人さん) https://www.prinzsalm.de
Nagi‘s Wineworld(永澤真人さんのサイト) https://nagiswine.com
ヨーゼフ・ビファー醸造所(徳岡史子さん) https://www.josef-biffar.de
Hide Wine(浅野秀樹さんのサイト) https://www.hide-wine.de


岩本 順子(いわもと じゅんこ)

© Junko Iwamoto

1960年神戸生まれ。南山大学文学部卒業後、神戸のタウン誌編集部で働く。1984年にドイツ・ハンブルク市へ移住。1990年代は漫画のドイツ語訳に従事するほか、講談社「モーニング」誌のドイツ支局を運営。1999~2000年にドイツのワイン醸造所で、2004年にブラジル・サンパウロ市のワイン専門誌編集部で働く。翻訳者、ライターとして活動するほか、ワインセミナー、ワインツアーを企画運営。著書に「おいしいワインが出来た!」(講談社)、「ドイツワイン 偉大なる造り手たちの肖像」(新宿書房)などがある。現在「ドイツ・ニュースダイジェスト」のサイトに「ドイツワインナビゲーター」と「ドイツ・ゼクト物語」を、美術出版社「ワイナート」のサイトに「ドイツ・ハンブルク発・世界のワイン情報」を執筆。2013年に国際ワインスペシャリスト資格WSETディプロマ取得。

ウェブサイト:www.junkoiwamoto.com