注目される長寿企業の経営

長寿企業が多数存在する日本では長寿企業研究も進んでいる

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曽根秀一静岡文化芸術大学教授

 世界には創業から100年以上といった長寿企業が(調査機関等によって数にばらつきがあるものの)約8万社以上あり、最も多いのは日本で3万3千社以上ある(2019年帝国データバンク)。ちなみにドイツは約5,000社あり、両国とも長寿企業大国である(創業200年以上の企業数も、日本は3,000社以上、ドイツは1,500社ほどとされる)。世界経済・国際情勢も不安定な中、長く経営を続けてきた長寿企業の経営手法には学ぶべき点が多々ある。日本では長寿企業に学ぶ経営学の研究も進んでいる。研究者として知られる曽根秀一静岡文化芸術大学教授に、そもそも長寿企業のどこが優れているのか聞いた。

日本や各国の長寿企業の研究に長年取り組んできたのですね。

曽根秀一氏(以下、曽根氏):これまで長期存続を果たしてきた日本やドイツ、イタリアなどの、長寿かつ同族企業の企業統治、経営について明らかにしてきました。研究手法として用いてきたのが、経営学と経営史学の融合です。近年、海外でも日本の長寿企業に関心が寄せられ、我々が執筆した国際論文や研究を通じて、「Shinise(シニセ)」という言葉も世界で知られつつあります。その中でも注力してきたのが、日本の伝統文化である寺社建築を専門とする創業578年の現存する世界最古の企業、金剛組(大阪市)をはじめとした調査・研究であり、それらの企業が長期存続する秘訣を明らかにしてきました(『老舗企業の存続メカニズム』など)。長期的な競争優位性を見出すうえでも長寿企業は格好のケースです。 

 その優れた点を大別すると以下のようなことがあげられます。第一に、長期的スパンで企業行動が観察可能だということです。第二に、幾度もの危機的状況を乗り越えてきた経験やこれまで蓄積してきた叡智を学び取ることが出来ます。第三に、これまで経営学で論じられてきた成長・拡大のみでなく、存続の視点から論じることが出来ます。第四に、地元地域に根差し、かつファミリー企業の比率が高いことからも、経営の研究に加え、地域社会や文化とのかかわりといった視点から論じることが出来ます。これらのことは長寿企業ならではの魅力でしょう。 

 別の角度からもみてみましょう。ドイツは長寿企業が多いことでも知られています。例えば、200年以上存続してきたドイツの企業は、日本と同様上位に位置し1、これらの長寿企業の多くが中小企業かつファミリー企業でもあります。近年は、長寿企業およびファミリービジネスという視点に着目がなされ、日本やドイツの大学において、「ファミリービジネス」をメインとした科目や、研究所の設置など、十数年前までは考えられなかった現象といえます。

長寿企業は世界にどれくらいありますか?

曽根氏:長寿企業の数は調査機関や研究者により、その数はばらばらであり、未だ正確な数はわかっていません。ただ、いくつかのデータからおおよその数として、100年以上存続の企業は日本が3万3千社、アメリカ約2万社、スウェーデン1万4千社、ドイツ5千社、英国1,800社あります。屋号のみが存在し、創業家一族はすでになく、オーナーが短期間で何度も変わり、転売が繰り返され、歴史や理念などが残っていないものも多くみられます。また、数百年も断絶していた企業が突如屋号を名乗り、存続したことになる。さらには、ペーパーカンパニーなど 実態さえない「自称」老舗企業もカウントされているのが実態です。

 このため、私たちは、十分かつ正確な数字を出すために、5年以上かけて、400年以上存続した老舗企業への現地調査等を試みて、昨年、その成果を論文で発表し、大きな反響を得ました。その結果、400年以上続く企業の数は、日本には251社、次にドイツは68社、 オーストリアには21社、4番手にはイタリアが17社、5番手はフランスで10社あることを明らかにしました。今後、創業300年以上、200年以上とより精緻な数字を出していきたいと思います。

日本に多いといわれますが、規模や業種ほか特徴はありますか?

曽根氏:日本の長寿企業の8割以上は売上10億円以下の中小企業です。「身の丈経営」などともいうように、身の丈に合った経営を行うことが事業存続において重要であり、必ずしも大きく広げることが重要ではないと考えます。古来から、「商売と屏風は広げ過ぎると倒れる」という言葉もあります。中小規模で、むやみな事業拡大ではなく、身の丈にあった経営によって存続を果たすことが出来るという先人の叡智でしょう。 

 また、業種別に見ると、創業100年以上の場合、清酒業などの伝統的な産業含め、 「製造業」が 8,344 社(構成比 25.1%)となり、「小売業」 (7,782 社、同 23.4%)、「卸売業」(7,359 社、同 22.1%) が続いています(帝国データバンク)。ちなみに創業200年以上になると、宿泊・飲食業が最も多くなり、その後に、「製造業」、「小売業」と続きます。

曽根教授をはじめとして日本では長寿企業経営は進んでいますか?研究手法は?

曽根氏:この15年ほどで急速に進んでいます。これは日本だけではなく、世界的にも同様です。その研究手法の中心は、経営学、経営史学でしたが、学際性のある分野であるため、社会学、文化人類学、歴史学等、今後、基礎研究が進み、応用科学としての長寿企業研究の内容が深化することに期待したい。私自身は、経営学とくに経営戦略論と経営史学の橋渡し的な視点で研究を行ってきました。当主へのインタビューだけでなく、古文書などの一次史料の発掘、翻刻を通じて新事実を見出してきました。長寿企業がもつコアコンピタンスなど、内部の資源によって存続するという考え方だけではなく、企業を取り巻くステークホルダーとの関係、つまりビジネスシステムが長期存続に重要な役割を果たすと考えています。

2011年の東日本大震災後の日本では、社会・経済の沈滞ムードを払しょくするために、自然災害や戦争、経済危機といった困難を乗り越えてきた長寿企業の経営をモデルにしようという民間主導の活動も見られる。曽根教授は日刊工業新聞社が主催する「100年経営の会」の顧問も務めている。

ドイツなど欧米の長寿企業についても詳しいのでしょうか?

曽根氏:もともと長寿企業研究の中でも先行研究の少なかった技能系企業に関心を持ってきました。このため、ものづくりに価値を感じ注力してきた。ドイツ企業やイタリア企業は魅力的です。加えて、日本と同様、長寿企業大国であるドイツに関心を持って、科学技術研究費を得ながら、日独の国際比較研究を行ってきました。その成果は、本や論文等で公刊してきました。また、最近では「ミッテルシュタント(Mittelstand)」とも呼ばれる、中小あるいは小規模のファミリービジネスが、ドイツ経済の強さの基礎として注目されています。ドイツの中堅企業の世界市場リーダーに着目したSimon(2013)は、これを「隠れたチャンピオン」と名付けて、ドイツが際立った輸出業績を出し続けている基盤の要因に、中堅企業の世界市場リーダーがあると指摘しています。経営史の視点では、ドイツの有力な同族経営のコングロマリットが、傘下の企業に高い自律性を与えていることを明らかにしています。これらの研究はいずれもドイツにおける中小企業の重要性を示しています。

 私達も欧州の歴史ある企業への調査を長年行ってきました。例えば、2021年に公刊した『ドイツ企業の統治と経営』(大阪公立大学・吉村典久教授らと共著)では、ドイツの中小、中堅企業に着目するとともに具体的事例として、なめし革分野において、ドイツ国内でオンリーワン企業のぺリンガー社(Ludwig Perlinger GmbH)、刃物産業を牽引してきたロベルト・ヘアダー社(Robert Herder GmbH & Co. KG)やギューデ社(Franz Güde GmbH)をとりあげています。規模は決して大きくないものの、長年積み上げてきた独自技術をもとに、世界を市場に大企業に負けない気概をもって経営しています。

各国の長寿企業の特徴や共通点は?

曽根氏:日本と同様に、ドイツの長寿企業の多くは地域に根差し、ファミリービジネスの中堅、中小企業が多いです。人材育成含め企業独自の技術や仕組みを保持し、代々受け継がれてきた職人精神や技術に誇りを持ち、愚直に、そして勤勉、規律正しく仕事されている姿を実際に拝見すると、日本との共通点や安心感を感じます。さらに、日本とドイツの長寿企業の共通点は、「存続」を主軸において経営が行われていることです。たとえば家業をいかに永く続かせるか、仕組みや方法についても当主の方々のインタビューからその証左がみられます。地域によっても異なりますが、長寿企業が多く残る南バイエルンなどでは、相続者を一人に絞って、資産が分散することを防止したり、無借金、創業家一族が円満に過ごす仕組みを幾世代に渡って考え、存続する際のリスクをできるだけ回避することで存続を果たしています。これは日本も同様です。ただわが国と大きく異なる点では、日本では純血主義にこだわらずに婿養子の制度を多く用いたことや、子孫に多くの戒めを残した家訓などが詳細に遺されていることでしょう。こうした違いの効果についても着目しています。

経営学にどのように結び付けていきますか?

曽根氏:経営学では、2000年代初頭まで主に企業の成長、拡大を主に論じてきました。その研究対象企業も大企業、ベンチャー企業などが中心でした。しかし、バブル崩壊、リーマンショック等で、大企業も廃業する時代となりました。そこで注目されているのが幾度もの危機を乗り越えてきた長寿企業であり、「存続」についてより論じられるようになってきました。日本の学術界でも約15年前に「ファミリービジネス学会」が創設され、以後、長寿企業を対象とした学会が増え、研究が発展しています。

 欧州の長寿企業を訪問すると、多くの方々が、「今まで地元の研究者さえ調査に来なかったのに、遠い異国の日本から来てくれるなんて」と喜んでいただき嬉しく思うと同時に責任感ややりがいを感じます。私達もドイツなど欧州企業から多くのことを学べ日本企業への援用などが出来、感謝しています。


1 日経BPコンサルティングの2020年4月発表のデータでは200年以上存続する企業が多い国として、日本、米国、ドイツの順になるとした。他にも同様の調査が各所で行われているが、基準の違いから数値にばらつきがあり、より精度が求められる(日経BPコンサルティングホームページ:https://www.atpress.ne.jp/news/209498)。